都内進学塾を20年経営してきて起こった様々な人間模様
                 
                 クロピーの「言ってる意味わかります?!」
クロピーこと、私黒沢正樹が日々思う色々なことをここでは好き勝手に語ってみよう!というコーナーです。詩人モードに突入すると、次から次へと言葉が溢れてくるのです。その言葉を忘れないように書き留めておきたい!というクロピーの想いを聞いてやって下さい!

  


  
★Vol.5 大晦日の反乱!と自殺?

何〜っ?!そんなバカな話・・・
 
あれは塾を始めて4年目の冬期講習もやっと一段落した12月31日の大晦日の出来事です。

 当時、副塾長だった先生から急用があると呼び出され
「山口先生を辞めさせてほしい。もしできないなら教師全員で辞めます」と言われました。

山口先生のがんばりと、他の先生との確執
 
山口先生とは、僕が教育実習の時の生徒で、明治大学に行きながら講師のアルバイトをしてくてれました。そして大学4年生の時、「黒沢学習塾」に就職したいと言い出したのです。この先どうなるかわからない何の保証もない小さな会社にです。

  僕は彼のやる気に賭け、新規に分教室(3番目)現葛西教室を用意しました。そして、他の塾に勉強に行かせ、室長として迎え入れる準備をしたのです。社員となった彼は、今まで以上にがんばりました。そのがんばりが、今までの先生達からある意味でのスタンドプレーと思われたのかもしれません。彼は孤立していきました。

  僕は、なんとしても自分の責任において彼に人生を賭けた職場をと必死になっていました。当時27歳の社長でした。

悩んだあげくの辛い結論・・・塾はつぶせない
 副塾長の、その言葉を聞いて、愕然としました。受験二ヶ月前の冬期講習中に教師全員が辞めたら、塾は成り立たない!そんな恐怖に近い思いがあった事は今でもはっきり覚えてます。

  今の僕なら、間違いなく「教師全員辞めてもいいよ。」と言うでしょう。が、当時の僕にはその答えは返せませんでした。しょうがないと言う気持で、1月に入って山口先生を呼び、その事情を話して謝りました。

「本当に申し訳ない、こんな結果になってしまって。」
「どこか違う、会社でがんばってくれないか?」
「・・・・・・・・・」

  この事は、本当に本当に今でも後悔しています。悔しくて悔しくて、思い出す度に涙がでる思いです。彼は、素直に「わかりました。ご迷惑をかけてすいませんでした。」と言って
違う会社に就職していきました。「もう先生はしません。」という言葉を残して・・・・。

そして、山口先生の死
 それから数年後です。山口先生が亡くなったという知らせを聞きました。
山へ出かけて転落したとのこと。自殺の可能性もあるらしいと。

  お通夜に出たのは、塾関係では僕1人でした。そのとき、彼の位牌の前で
「僕は幸せになってはいけない?」と思った事も事実です。

私にとって忘れられない想い
 時間というのは、時にいろいろな悲しい事、辛い事などを風化させてくれます。でも、どんなに時間が経っても忘れられない事、忘れてはいけない事もあると思います。

  今、あらためてこの場を借りて故山口先生にお詫びをしたいと思います。僕に、もう少しの勇気と人を大切にできる思いやりがあったらあんな結果にはならなかったと思っています。24歳という若さでは、生きる楽しさ、厳しさ、そして何より人を愛する尊さを知らずに逝ってしまったかもしれませんね。

  僕は、その後本当に沢山の生徒や応援してくれる人たちに出会えました。

  最後にどんな時代にになっても、こういう時代があった、こういう人がいたという事は決して忘れないで生きていこうと思っています。

 
                                               

 

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